エルサレム、その1。その重き嘆きの壁を前にして。

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キングフセイン橋を無事に越えた旅人を積んだセルビスは、ヨルダン渓谷を西へと走った。草一本生えない荒地から30分ほどすると、窓から見える景色が徐々に色鮮やかになってくる。遠く見下ろす丘の上には、混み合った建物を背に巨大なドームがどっしりと腰を下ろし、旅人は目的地のエルサレムが近いことを知る。セルビスは、そのまま混沌とした街の中心部へと向かった。狭い道に車や人がひしめき合う中で僕は車を降り、エルサレム旧市街の入口となるダマスカス門から程近いホステルに入る。無愛想な親爺に案内されたのは2段ベッドの上の側。梯子を昇ると建付けが悪くて全体が不気味に揺れ、寝床は寝返りを打つことを躊躇するくらいの幅しかない。そんなドミトリーで1泊約2,800円。クリスマス前のハイシーズンであることを考慮しても、この街の物価の高さは如何ともし難い。失くしたiPhoneが不安だったので、日本の携帯電話会社に馬鹿高い国際電話をかけて通話停止が完了したことを確認し、宿の近くの店の安いシュワルマでようやく空腹を満たときには日は傾きかけたころ。ようやく憧れの旧市街へ歩き出す。

さまざまな文化が交錯するエルサレムの旧市街は、それぞれの民族・宗教ごとに地区がわけられており、ダマスカス門を潜った辺りはムスリム地区とされている。門から旧市街の中心部へは緩やかな坂道を下る。その道は、世界という大きな擂鉢の底に続いているかのようだ。ムスリム地区では、すれ違う人々の顔や服装は中東の他の街と変わりはない。ときおり、髭と揉み上げを長く伸ばし黒い帽子と黒い服に身を包んだユダヤ人が俯き加減で早足で去っていくのを見て、今この特別な場所にいることを思い出すのだった。

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アラブ人と観光客でごった返すスークを抜けると、傾きかけた日を浴びた岩のドームがチラリと見えた。そのまま入ろうとすると、暇そうにしていたアラブ系の兵士が僕を止め、非ムスリムが入れる時間は終わっていると告げられる。片言のアラビア語で話しかけると、彼は凄く喜んでくれた。明日また会おうと握手で別れ、そこからさらに深みに下りていくと、ユダヤ教徒の割合が一気に増える。脇道に入りくねくねとした階段を上がると、突然視界が開けた。金色に輝いているのはイスラム教の第三の聖地である岩のドームだが、そのすぐ外側に位置する壁の前で、ある者は縋り付き、ある者は頭を垂れ、ある者は本を片手に歩き回り、ある者は嬉しそうに記念写真を撮っていた。いわゆる嘆きの壁、この壁のあちら側とこちら側とでは、別の世界が並行して存在しているのだった。逆に考えると、人が拠り所とする価値観なんて、この壁1枚で容易に隔てられてしまうようなヤワなものなのかもしれない。

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かつてここにユダヤの王国があったときの最も重要な神殿は、ローマ帝国によって破壊され、嘆きの壁だけが残ると同時に、彼ら民族の苦難の歴史が始まったと言われる。簡単なボディチェックを抜ければ、誰でもいつでも壁の前に立つことができる。日没後に再び訪れると、ひんやりと澄んだ空気の中、壁はライトアップされ、騒々しい観光客の数は減り、真摯なユダヤ教正統派の人々だけが祈る。壁に向かって左手の奥には、空調が整った礼拝所があって、聞き慣れない言葉の祈りが終わることなく響いている。

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この嘆きの壁は、イスラエルという「国」の象徴として、さまざまなプロパガンダに利用されてきた。しかし、本来のユダヤ教からすれば、イスラエルはメシアが到来して建国されるもので、力ずくで得られるものではないから、イスラエルの存在自体に反対するユダヤ教徒も多いという。彼らは、陽気なアラブ人とは異なり、少し近寄り難い空気を醸し出しているが、メシアの来訪をただ待ちわびて祈り続けているだけだった。

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何日かエルサレムに滞在している中で、僕は、岩のドームと嘆きの壁を見渡せる高台にしばしば訪れた。あるとき、壁の前では”I Love Israel”とプリントされた揃いのTシャツを着た、軍服姿、おそらく徴兵中の若者が数十人大騒ぎしていた。そのすぐ隣で、寡黙な正統派の人々は、彼らをたしなめることもなく、彼らに眉をしかめることもなく、その存在自体を無いものとするように黒い帽子の乗った頭を垂れ続けている。おそらく、この祈りの光景だけは1000年以上変わることはなかっただろうし、つい100年前には至極当然のものとして複数の宗教が融け合っていたはずだった。夕闇迫り、イスラム教の祈りを呼びかけるアザーンが街中に響き、キリスト教会の塔が空を突き、ユダヤ教正統派の人々が家路を急ぐ姿は、その頃のことを想起させるように長閑だった。パレスチナ自治区は数キロ、あのガザからは100キロも離れていないにも関わらず、ここは圧倒的に長閑だったのだ。夜のエルサレム旧市街は奇妙に静まり返る。それは、苦難が積み重なったこの街と、この街に関わる全ての人々にとっての、ある種の安らぎにも思える。

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