2011年→2012年、インド、フォート・コチ、その1。

コッタヤムから列車で1時間ほど北に上がっていったところにエルナクラムという大都市がある。コッタヤムの駅から、当然のようにSleeperにいそいそと乗り込む。エルナクラムに着いたとき、既に日は傾きつつあった。フォート・コチへは、エルナクラムから発つボートに乗るのが便利だ。船着場までオートリクシャで向かう。地図で確認する限りでは近いように思っていたのだが、無計画に開発された大都市にありがちなように、ここでも夕方の路地はどこも車やリクシャが大渋滞で、一方通行の路をあっちに行ったりこっちに行ったり。結局30分くらいかかっただろうか。少し疲れたので、船着場でチャイを飲みながら海を眺める。この海峡の向こう側が陸路の最後の目的地、フォート・コチだ。

しばしゆっくりした後で乗り場に行ってみると、切符を求める人々でごった返している。なんとか切符を確保して満員のボートに乗り込んだ。ボートは15分程走り、満員の人をどっと吐き出した。ここがフォート・コチである。僅か400年前にはポルトガルの交易の中心地だったそうだが、時代と共に街の中心がエルナクラムに移って行ったのだろう。そのお陰で、昔ながらの建造物が残っており、穏やかな雰囲気が街中を覆っている。

安宿を確保したときには、すっかり日も暮れていた。宿で知り合った日本人旅行者と一緒に海岸を歩く。フォート・コチの名物になっているチャイニーズ・フィッシングネット。バックウォーターのときに飽きるほど見たので、今さら感慨はない。海岸通りの小路には屋台が並んでいて、新鮮な魚介類を売っている。この日が僕の誕生日だったこともあり、思い切ってカニとエビとを買ってみた。近くのレストランで焼いてもらう。うーん、スパイスにまみれていないのは好感度が高いが、スパイス以外の味付けを知らないというか、まあ、早い話が、味がない。まあ、そろそろカレーにも疲れてきていたので悪くはなかったが。余り物にありつこうとする子ネコがやって来た。それだけならよかったのだが、大量の蚊までご来客なので早々に退散することにする。

翌日はじっくりと街を歩く。さすが、ポルトガルとの繋がりの深い街だけあってキリスト教会が多い。なかでも、Santa Cruz Basilicaは建物の構造や内部の装飾が美しいだけでなく、熱心な信者を集めていた。後述するパレードもこの教会を中心に行われたものだ。ただ、いわゆるフォート・コチの中心部は、旅行者用にカフェやレストランが並んでいて、ややツーリスティックに過ぎる気もする。

フォート・コチの中心部からリクシャで10分程離れたところユダヤ人街があり、シナゴーグが有名なので行ってみた。辟易したのは旅行者の多さ(もちろん僕も含めて)。国内旅行者とみられる団体と遭遇してしまったので、近所のカフェで小説を読んで時間をずらしてからシナゴーグに向かう。なんてことはない、土産物屋が並んだ通りを歩かされただけに近い。この時点で軽く失望していたのだが、いや、むしろ、楽しかったのは、実はここからである。

あまりにも面白くなかったので、フォート・コチの中心部に向けてぶらぶら歩き出す。海沿いの路を歩いて行くと、昔ながらの貿易商が集まって店を開いていた一角に出会った。いくつかは今でも元気に営業していて、古い建物の中にスパイスが高く積み上げられている。そこから海と反対側に入っていくと住宅街となっていて、少し煤けた建物の色が夕日の光に照らされて、より一層味わいを増しているように見える。ふらふら歩いていると子供が興味深そうにこっちを見ているので、カメラを向けるとニッコリと笑う。細い路地を抜けると、気が付いたらフォート・コチの中心部だった。いつの間にか戻って来たらしい。かなりの距離を歩いたはずだったのだが、時間的にも体力的にも気にならなかったのが相変わらず不思議だ。

ところで、インドでは街角でネコを見かけることが非常に少ない。しかし、なぜだか知らないが、この街ではネコの姿を多く見かけた。僕がこの街を好きになった最大の理由は、実はそれだったのかもしれない。

2011年→2012年、インド、バックウォーター、その2(アレッピーからコッタヤムまで)。

ケーララのバックウォーターといえば、コーラム~アレッピーのクルーズが最も有名であるが、それだけでは面白くないだろう。アレッピーからは旅行者向けのビレッジツアー等も多いのだが、今回は「ローカル」に拘って、地元民用のボートで内陸のコッタヤムという街に行ってみることにした。かかる旅費は、前日のクルーズの10分の1以下である。

アレッピーの船着場に朝9時頃に着いて、ボートの時間を確認する。1時間程あったので、近くの安食堂でゆっくり朝飯を取る。少し散歩をしてみる。ここでも目に付くのは、街を彩る鮮やかな赤い色。

船着場に戻り、ボートが大量の人を吐き出していくのを眺めていると、自分の乗る船だったことに気付いて慌てて乗り込んだ。あっと言う間に満席になり、すぐに出港する。設備は古いが、ボロいというほどのものではない。昨日のクルーズとは違い、このコースは地元の人向けなので、人が頻繁に乗り降りする。街から離れるにつれ、船内の乗客はどんどん少なくなった。船の中も外の景色も生活の匂いが強烈にして、旅行者はそれを静かに見つめる。船は進む。

景色は移り変わり、鮮やかな緑を湛えた田んぼが広がるようになる。水路は細く狭くなり、手動の跳ね橋の下をいくつも潜って船は進む。すっかり空いた船内で、他の乗客は居眠りをしているけれど、僕は元気にカメラを構える。コッタヤムまで3時間程の船旅。特別なにか凄いものを見たわけではないのだけれど、とても素敵な時間を過ごすことができた。前日のクルーズよりも断然こちらの旅をお勧めしたい。

そして、コッタヤムから列車に乗り、いよいよ陸路移動最後の目的地フォート・コチへ。南インドの旅もいよいよ大詰めである。

2011年→2012年、インド、バックウォーター、その1(コーラムからアレッピーまで)。

ヴァルカラからコーラムへは鉄道で僅か30分の距離にある。インドの切符売場の大混乱を恐れ、少し早めに宿を出た。ヴァルカラの駅の構内は整然としていて、切符はあっさりと購入できて、そして、なんと定刻に来る列車。そんな馬鹿な!自分の知っているインドじゃない、と軽くショックを受ける。

やってきたのは、カーニャクマリから北上してハイダラバードまで向かう列車だった。Sleeper(いわゆる3等寝台)に入ると、早朝にも関わらずハイテンションな人々で溢れていた。空いていた窓側の席に座って、ボーっと外を眺めていると、隣の席で盛り上がっていた団体旅行者に声を掛けられた。彼らはハイダラバードからの旅行者で(なぜか、この旅で会うインド人はハイダラバード出身者がやたらと多い)、カーニャクマリやラーメシュワラム等の南部の聖地を巡って家に帰る途中だという。世間話をしていると時間すぐに経って、コーラムに着いた。彼ら全員と握手をして別れる。やはり、Sleeperの開かれた雰囲気は大好きだ。インドの旅の醍醐味は移動中にあると思う。

コーラムの駅からオートリクシャで船着場へ。コーラムから運河を北上しアレッピー(アラップーザ)まで8時間の船旅となる。船が出発するのは10時半だが、船着場には2時間も前に着いてしまった。とりあえずチケットを買って席を確保する。船内の他に、屋上にも席が設けてあって、そちらは既に半分近く埋まっていた。欧米人はもちろん、インド人旅行者も多かったが、東アジア人は自分一人。屋上には強烈な日差しを避けるための簡易の屋根があるのだが、これがまた、とにかく低くて、屈まないと身動き取ることができない。自分でさえ何回も頭を打ち付けたのだから、大柄な欧米人にとっては苦行そのものだったであろう。とりあえず外側の席を確保し、朝飯を食べに一旦船を出た。

出発の30分も前になるとほぼ満席となり、定刻通り出発する。船はゆっくりと北へ向かう。広大な湖を横切り、地元の人が生活する細い運河を通り抜け、再び湖へ、さらに細い運河へと景色が次々に移り変わっていく。ラクジュアリーな観光客向けのハウスボートから、魚を獲りに意気揚々と川に出る小さな漁船から、住民のための渡し舟まで、さまざまな空間とすれ違いながら、ゆっくりとゆっくりと北へ向かう。地元の子供達も手馴れたもので、旅行者を多く乗せる我々の船が通り過ぎると手を振りながら追いかけてくる。こちらも笑顔で手を振り返す。

喜んで写真を撮りまくる。まあ、そのうちに飽きたのだが、この瞬間この場所でしかこそ収まらない素敵な写真たちでメモリがどんどんと埋まっていった。

船は昼飯にレストランに立ち寄り、さらに3時のおやつに運河沿いの小さな村で休憩をした。少しだけ時間があったのでウロウロしてみると、白・黒・茶が揃って散歩中のカルガモを発見した。後ろから追いかけてみると、3羽仲良く極度にビビリながら茂みの中へと消えていった。

さて、休憩も終わって船が出て、そろそろ本気で飽きてきたころに夕日が運河を美しく染める時間となり、ようやくアレッピーに着いた。船着場にはゲストハウスの客引きがわんさかと待ち受けていて、適当に宿を選んだ。街の外れで多少不便だったが、綺麗で安かったので、まあ満足することにする。とりあえず、夕食を求めて散歩に出かけた。街の中心まで至れば、人通りが物凄い。通りがキラキラの電飾で照らされ、道の両側には屋台が並んでいる。どうやらお祭りだったようだ。わくわくしながら人波を掻き分けて歩くと、とんでもないものを見つけた。

遊園地である。

日本でもお馴染みの、観覧車や、海賊船や、メリーゴーランドや、ぐるぐる回りながら揺れる奴(名前がわからん)等が並んでいて、子供も大人も群がっている。こういうときには、おもしろ遊具を探してしまうのが自分の性。ほら、見つけた。しょぼくれた謎のネズミ型マスコット。どっかで見たような気もするネズミはともかく、隣の青いロボット(?)の表情も味わい深い。

そして、テンションの上がりきった馬鹿な旅行者は、一番スリルのありそうな海賊船に乗り込んだ。

ベルトなんてもちろん無いし、体を支えるのはボロボロに錆びた金属の手すりのみ。乗り込んでからそのやばさを悟ったが、すでに時遅く、ギイギイガタガタと恐怖の音を奏でながら海賊船は前後に揺れ出した。インドのやんちゃな若者は、海賊船が動いている最中に飛び乗ったり飛び降りたりして遊んでいるのだが、とてもそんな余裕はない。年甲斐もなくキャーキャー叫んで、周囲の失笑を買う。

いや、ほんと、心から楽しかったさ。素晴らしいタイミングでこの街を訪れることができたことに感謝、感謝。翌日は、よりローカルな雰囲気を味わうため、再びバックウォーターに繰り出すことにする。

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