フンザ、その2。ウルタル・メドーへの道のりは美しくも残酷であって。

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晩御飯は宿泊しているオールド・フンザ・インでいただく。昨日に続いてこの夜も停電で、ガスランプの灯りの下で食事をする。ダル(豆の煮込み)と野菜と炊きたての米だけの簡素な食事だが、味付けが素朴で美味しく、腹いっぱい食べた。10年以上前に一人で行ったネパールの山奥を思い出す。山でいただく食事はいい思い出ばかりで、それはきっと、味付け以上の何かのせいだろう。晩飯の席で、宿の主にウルタル・メドーに行ってみたいと告げる。ウルタルのベースキャンプもある牧草地で、カリマバードからは歩いて行けるとガイドブックには書いてあった。ガイドを紹介してくれるとのことで、朝8時出発を約束して部屋に戻った。満月のせいで満天の星空とはいかなかったが、驚くほど明るい月の光を受け、夜の世界が白く浮かび上がり、ひんやりと冷たい空気が歩き疲れた体に深く染み入る。晩飯を済ませれて歯を磨けば、他にすることは何もない。蝋燭を吹き消し、毛布を被ってぐっすりと寝た。

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翌日は快晴で、前日は雲の後ろに隠れ気味だったウルタルが巨大な姿を惜しげも無く晒していた。バルティット・フォートの背後の奥まったところまで歩いて行くのだ。宿に紹介してもらったガイドは、初日から世話になっていたブブルとその友達のアリだった。昼過ぎには戻って来られるらしいし、軽いハイキングのつもりだったので、足元はサンダル、カメラとミネラルウォータだけ担いでぶらぶらと歩き出す。カリマバードの小さなマーケットを抜けると山道に入る。ちょうどバルティット・フォートの裏側まで来ると、フンザの谷の全景が見渡すことができる。その開放的な景色に思わず「夢のようだ」という言葉が漏れた。ここまでは、まあ、順調であるのだがしかし。

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谷沿いの道を歩いていると、突如道が無くなった。そこは、大小の岩が無造作に転がるただの斜面。ガイドのはずのブブルは「去年来たときは道があったんだけどなー。雨で流れたかなー。」とか呑気なことを言っていて、さっさと斜面をよじ登ってしまう。「ここを抜けたらもうちょっと歩き易い道があるから!」と、ずっと言っているものの、道らしい道はなかなか姿を見せない。どう考えてもサンダルで歩くべきところではないのだ。足元はぐらつく瓦礫に吸い込まれ、頭上を見上げると巨大な岩が今にも転がり落ちそうに危なっかしく居座っている。両手両足で懸命に斜面をよじ登っていくと、足場がよい場所に辿り着いた。氷河が溶けて小川となっていて、冷たく澄んだ水で顔と手足を洗い、少しだけリフレッシュ。ブブルは、「さあ、まだまだこれからだ!」と、なにかと元気がいい。そして、道なき斜面がひたすら続いていく。

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後から知ったことだが、実はここは既に富士山の頂上と同じくらいの標高だったのだ。酸素が薄く、慣れていない者にとっては少し斜面を登っただけで息が切れる。元気に登って行く10代のブブルの背中を見ながら、これは年のせいだけじゃないと自分に言い聞かせながら、ぜえぜえと息を切らしていた。出発から3時間半、ようやくウルタル・メドーが見えてきた。ウルタルへアタックするベースキャンプもこの場所に置かれる。ガイドのブブルによれば、夏になると緑豊かな美しい牧草地に変わり、ヤギが放牧されているらしい。雪解け間もない春だったので、一面に広がる牧草を想像することは難しく、心に残ったのは、切り立った山々と巨大な氷河による、ただただ厳しい自然の姿だった。古い小屋で休憩して、ブブルの持って来たビスケットとドライフルーツを噛る。巨大な氷河から流れ出る冷たい水で顔を洗って、少ない酸素で朦朧とした意識を現実の世界に引き戻す。

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このウルタルで最も難所の、ウルタルII峰の登頂に世界で初めて成功したのが、登山家の長谷川恒男さんだ。彼が、同行した星野清隆さんと雪崩に巻き込まれて亡くなったのはこの場所だった。ウルタル・メドーの一画には、長谷川恒男さん・星野清隆さんのお墓があって、日本製の狛犬が静かにそれを見守っている。長谷川恒男さんは心底フンザの土地に惚れ込んでいて、その遺族が彼の意志を継いでこの土地に小学校を作ったことも有名な話。フンザと日本の不思議で深い繋がりが垣間見える。

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さあ、そろそろ山を下らないと。荒れ果てた斜面は上るよりも下る方が体に堪える。ああ、足を上げるだけでも辛い。サンダルを踏ん張る力もなくなってきて、途中何度か滑り落ちそうになる。次は、ちゃんとした靴を履いていくこと。必死の思いでカリマバードの街に戻ってきたのは既に夕方。両足は全く言うことを聞けないほどに重く、日焼け止めを塗るのを忘れた肌はピリピリと熱を持っていた。ふらふらになりながら宿を目指して歩いていると、ちょうど学校が終わった時間だったのか子供たちが遊んでいる。最後の最後でこんな素敵な笑顔の女の子に巡り会えることができて、シャッターを押した瞬間、全ての疲れが飛んだのだ(ほんの一瞬だけ)。

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